待合室の蛍光灯は、豪雨に揺れる駅舎全体と同じく、どこか心許ない光を放っていた。窓の外では、雷鳴が轟くたびに、暗闇に閉ざされた山肌が一瞬、鈍く浮かび上がる。最終列車で足止めされた乗客たちと、駅員の森山恵美、そして鳴海悠人は、皆、その場に立ち尽くしていた。冷え切った空気の中、沢村茜は鳴海の隣で、デジタルカメラを握りしめたまま、ただ呼吸を潜めていた。
「それで、一体何があったんですか、森山さん」
静寂を破ったのは、低く抑えられた篠田麗子の声だった。彼女は高級ブランドのスーツを身につけ、その冷徹な眼差しは、憔悴しきった森山をまっすぐ射抜いていた。スマートフォンを握るその指には、微塵の震えもない。
森山恵美は、まるで言葉を探すかのように、唇を震わせた。彼女の制服は雨に濡れておらず、そのきちんとした身なりは、外の嵐と対照的だった。
「わ、私が、巡回に……行ったんです。その時、駅務室の鍵が、内側から……かかっていたので、おかしいと思って……」
彼女は言葉を途切れさせながら、顔をうつむかせた。細い指先が、制服の襟元を無意識に弄る。生地がくしゃりと皺になる。
「内側から施錠されていた、と。つまり、密室だったわけですね?」
橘浩一が、くたびれたジャケットのポケットから取材ノートを取り出し、ペンを構えながら問いかけた。彼の少し猫背になった背中が、質問の鋭さを際立たせる。
森山は、橘の言葉にすぐには答えなかった。一瞬、彼女の視線は、部屋の隅で腕を組み、壁にもたれかかっている藤崎悟の方へと向けられたように見えた。しかし、それは沢村の目には、ほんの一瞬のことで、気のせいかと思えるほどだった。藤崎は年季の入った作業着を着たまま、無言で立っていた。彼の深い皺が刻まれた顔には、何の感情も読み取れない。
「はい……鍵は、内側から……。それで、合鍵を使って開けたら……」
森山は、そこで再び言葉を詰まらせた。その声は、震えを増し、か細く消え入りそうだった。
鳴海悠人は、知的な眼鏡の奥で、森山の表情を静かに見つめていた。彼の常に持ち歩く手帳は、まだ開かれていない。落ち着いた服装の彼は、この混乱の中で唯一、静止した点のように見えた。
「駅長は……」と、沢村は思わず小声で口にした。
森山は、かろうじて頷いた。
「机に、突っ伏して……胸に、真鍮の信号ラッパが……」
彼女の声は、そこで完全に途切れた。目を閉じて、深く息を吐き出す。震える肩が、彼女の動揺を物語っていた。
篠田は、森山の言葉に眉一つ動かさず、静かにスマートフォンを操作した。電波の届かないこの場所で、その行為はほとんど無意味だろうに。
「他に、何か変わったことはありませんでしたか? 鍵を開けた時、あるいは開ける前後に」
鳴海が、初めて口を開いた。彼の声は、待合室のざわめきと雷鳴に負けない、穏やかだが芯のある響きを持っていた。
森山は、ゆっくりと目を開けた。その視線は、再び宙を彷徨う。
「いえ……特に……。ただ……」
彼女は、またも言葉をためらった。その迷うような沈黙が、待合室の空気を一層重くする。
「ただ、何です?」
橘が、前のめりになって尋ねた。
森山は、両手を胸元でぎゅっと握りしめた。その手が、微かに震えている。
「……駅務室の窓が、少しだけ開いていたような、気がしたんです。ほんの、隙間、ですけど……」
彼女は、そう呟くと、再び視線を落とし、それ以上何も語ろうとしなかった。待合室に、再び重い沈黙が降りた。