第26節
窓の鍵と、監視カメラの

夏の豪雨は、夏椿終着駅の待合室に、湿った空気と薄暗い静けさを閉じ込めていた。窓の外では、まだ時折、遠雷が鈍い音を響かせている。鳴海は、古びた木製の椅子に腰掛け、森山恵美の方へ静かに視線を向けた。沢村は、彼の隣で手帳を膝に置き、そのやり取りを見守っている。森山は、いつも通りきちんとした制服を身につけ、背筋を伸ばして座っていた。

「森山さん、改めてお伺いします。昨夜、雷雨が最も激しかった頃、具体的に何時頃だったか覚えていらっしゃいますか?」
鳴海の問いかけに、森山は落ち着いた声で答えた。
「ええ、はっきりと。ちょうど午後九時を少し回った頃でした。あの雷鳴は、今でも耳に残っています。」

「その頃、駅務室から聞こえる、停車中の列車のエンジン音についてですが。何か、普段と違う点に気づかれましたか?」
鳴海はペンを休め、その指先を軽く組んだ。森山は、一瞬考え込むように目を伏せた。
「いえ、特には。あの音は、嵐の夜にはむしろ安心感をくれるものですから。ずっと、規則正しく唸っていたと記憶しています。」

鳴海は、その言葉に静かに頷き、しかし、すぐに別の角度から問い直した。
「なるほど。しかし、ある証言によれば、その頃、エンジン音が一時的に途切れたか、あるいは大きく乱れた瞬間があったとされていますが。」

森山は「……さ、さようでございますか」と、かすかに声を震わせた。彼女は、かすかに首をすくめ、着慣れた制服の襟元にそっと指を触れた。その視線は、鳴海の顔からわずかにずれ、待合室の隅に置かれた古びた時刻表に落ちる。
「わたくしは、その、ずっと事務作業に集中しておりましたので……。確かに、あの晩は雷鳴が凄まじく、色々な音が掻き消されがちではございました。もし、そのようなことがあったとしましても、おそらくは、ほんの、一瞬のことであったのではないでしょうか。私には、その、明確な異変としては、認識できませんでした。」

沢村は、森山が襟元に触れた瞬間、ペンを走らせる手がわずかに速くなったのを感じた。鳴海は森山の言葉に静かに耳を傾けていたが、次の言葉には、確かな事実を突きつけるような響きがあった。
「一瞬、ですか。しかし、その一瞬が、ちょうど、駅務室の監視カメラが途切れた時間と重なる、という可能性も考えられますね。」

「……カメラが、途切れておりましたか。」
再び、森山は目を伏せ、今度は唇をきゅっと引き結んだ。彼女の指先は、まだ襟元に留まっている。その声には、先ほどまでの落ち着きが、微かに失われているようだった。
沢村が補足した。「ええ、ちょうど雷が激しかった、数分間のことです。確認されたところ、その間、映像が完全に途切れていました。」

「……そう、でしたか。わたくし、その時間は、ずっと室内におりましたので……外の様子までは、正直、気にしておりませんでした。ただ、雷鳴が、一段と激しくなった瞬間が、何度かあったような気はいたします。」
森山は、伏せた目元を指で軽く押さえた。

「室内で、ですか。では、その間、他に何か変わったことは?」
鳴海は質問を重ねる。
「いいえ。いつもと変わらない、静かな駅務室でした。鬼塚駅長も、いつものようにデスクに向かって……。いえ、その時は、もう、終業の時間に近かったので、書類の整理をなさっていたかと。」

鳴海は、森山の言葉尻を捉えるように、静かに問いかけた。
「そのように、雷鳴が一段と激しくなったと感じた瞬間、森山さんは、駅務室の窓の鍵が、しっかりと閉まっていることを、ご自身の目で確認されましたか?」

森山は、一瞬、返答に詰まったように見えた。その瞳が、再び、遠くの何かに焦点を合わせようとするかのように揺れる。
「窓、でございますか?……ええ、もちろん、確認いたしました。あの、雨足が強かったものですから。鍵は、**間違いなく**、しっかりと閉まっておりました。」
彼女は最後の言葉を、ゆっくりと、しかし強い調子で繰り返した。その声には、先ほどまでの曖昧さが、不自然なほどの確信に変わっていた。沢村は、その言葉と、森山のわずかに強張った表情を、静かに手帳に書き留めた。