第24節
再検証の残滓

鳴海は再び駅務室の扉を開けた。湿った空気が、昨夜の雷雨の記憶を微かに留めている。淀んだ空気に、わずかな埃の匂いが混じっていた。室内はすでに警察の鑑識作業を終え、元の状態に戻されていたが、それはむしろ、この部屋が事件の舞台であったことを強調しているようにも見えた。壁に掛けられた古い鉄道のポスターは色褪せ、机の上には、鬼塚駅長が日々向き合っていたであろう書類の束が整然と積まれていた。その光景は、持ち主の不在を強く物語る。

「何か、見落としているものがあるかもしれません」
鳴海の静かな声が、シンと静まり返った部屋に響いた。彼は、被害者の座っていた革張りの椅子に手を伸ばし、その背もたれに軽く触れた。三度目となるこの部屋の検証は、彼らにとって、新たな視点を見つけるための再挑戦だった。沢村はデジタルカメラを構え、部屋全体を再び記録し始める。彼女のレンズは、かつて血痕が残されていた床の一角を、淡々と捉えた。

鳴海は室内をゆっくりと歩き、窓辺に立った。窓は固く閉ざされ、内側からしっかりと鍵がかかっている。昨夜、この窓が密室の一角を成していた。彼は身をかがめ、低い位置にある真鍮製の鍵の金具を凝視した。それは古く、使い込まれたものだった。
「沢村さん、こちらを」
鳴海は眼鏡の奥の目を細め、指で鍵穴の縁を指し示した。沢村はカメラを下げ、鳴海の隣に立つ。
「何かありますか?」
「ごく僅かですが、ここに引っ掻いたような傷跡があります」
言われてみれば、確かに真鍮製の古い鍵穴の、特に内側と接する部分に、微細な線状の傷がいくつか見て取れた。新しいものではないが、ただの経年劣化とも言い切れない、不自然な光沢を放つ部分もある。鳴海は指の腹でその傷跡をなぞった。
「これは……」
沢村は顔を近づけ、目を凝らした。
「何かの拍子に鍵が引っかかったような傷に見えます。あるいは、誰かが鍵を無理に開けようとした、あるいは閉めようとした痕跡かもしれませんね」
鳴海はそう言いながら、鍵を一度回し、再び閉めてみた。古い金具は、僅かながら重い音を立てて動いた。その動きは滑らかさに欠け、金具が擦れる音が耳に障る。
「密室でしたから、外から開けようとしたとは考えにくいですが、内側から施錠する際に、何らかの力が加わった可能性も……」
沢村は呟き、スマートフォンを取り出すと、その傷跡を接写した。しかし、彼女の視線はすぐに部屋の隅に置かれた置き時計へと移った。

「そういえば、この時計、また動いてますね」
沢村が言った。鬼塚駅長が殺害された時、この置き時計は止まっていた。警察が鑑識のために回収した後、今はまた元の場所に戻されている。彼女は自分のスマートフォンの画面を起動させ、時刻を確認した。電波は届かないが、内蔵時計は正確な時を刻んでいる。
「ええ、針は動いています。しかし……」
鳴海は時計に近づき、文字盤を覗き込んだ。時計はわずかに進んでいた。沢村のスマートフォンの表示よりも、二分早く時を刻んでいる。
「駅長は、時間の管理には非常に几帳面な方だと聞きました。この時計がずれているのは、少し奇妙に思えます」
鳴海は時計の針を指で示しながら言った。
「あ、そういえば、以前、森山さんが、駅長が時計の調子が悪いから調整すると言っていた、って話していましたよ。修理に出すか、買い替えるか、悩んでいるって」
沢村は思い出したように口にした。
「なるほど。では、単に調整しきれていなかったか、あるいは再び狂ってしまったか、でしょうか。あるいは、修理に出す前に、とりあえず自分で直そうとしていたのかもしれません」
鳴海は納得したように頷き、時計から目を離した。彼はそれ以上、時計のずれについて深く追求する素振りは見せなかった。まるで、その言葉で疑問が解消されたかのように。

室内の検証は、再び手詰まりの様相を呈し始めた。これ以上、この部屋に留まっていても新たな発見は望めない。鳴海は部屋の中央に立ち、大きく息を吸い込んだ。
「この部屋で、これ以上得るものはないようです。次に、橘さんの話を聞いてみましょう」
鳴海はそう言って、出口へ向かって歩き出した。沢村もカメラを下げ、彼の後を追う。彼女は窓の鍵穴の傷跡と、数分進んだ置き時計の写真を、確認するように再度スクロールして見た。スマートフォンに保存された二つの画像は、それぞれが独立した情報として存在し、互いに結びつくことはなかった。しかし、その二つの間に横たわる、わずかな違和感は、まだ明瞭な形を取っていなかった。彼女は軽く首を振り、鳴海の背中を追って駅務室を出た。扉が静かに閉まった。