第15節
待合室の容疑者たち

待合室の片隅で、鳴海は腕を組み、壁の古びた時刻表に目をやっていた。沢村は手元のメモ帳に、先ほどの聞き取りで得た情報を整理している。雷鳴はまだ遠くで響き、時折、駅舎全体を震わせる。集中豪雨は相変わらず激しく、外は闇に閉ざされていた。

「結局、鬼塚駅長の計画に反対していたのは、篠田さんと橘さん、ということになりますか?」沢村が小さく尋ねた。
 鳴海は時刻表から視線を外し、部屋の中央に座る篠田麗子へと目を向けた。彼女は高級ブランドのスーツ姿で、膝の上にスマートフォンを置いていたが、その画面を見るでもなく、ただ指先で縁をなぞっていた。
 「ええ、私は反対でしたわ」篠田が静かに答えた。「無謀な計画だった。この駅を観光拠点にするなど、採算が取れるはずがない。」
 彼女の冷徹な眼差しが、一瞬、斜め向かいの椅子に座る橘浩一に向けられた。橘はくたびれたジャケットの襟を軽く引き寄せ、その視線を受けると、わずかに身を引いたように見えた。
 「私も、駅長には意見を申し上げましたよ」橘はやや早口で言った。「歴史的価値を無視して開発を進めるのはどうか、と。しかし、それはあくまで取材者としての意見です。個人的な感情ではありません。」
 彼の言葉には、どこか落ち着かない響きがあった。

鳴海は二人のやり取りを黙って見ていた。言葉の内容よりも、その間に流れる空気、視線の動き、体の傾きに注意を払う。
 「駅長は、計画を巡って誰かと口論をしていましたか?」鳴海が尋ねた。
 森山恵美が、カウンターの影からゆっくりと顔を上げた。彼女は制服の袖口をきっちり整え、一瞬、何かを言いかけたように唇を開いたが、すぐに閉じた。その視線は、部屋の隅で腕組みをして佇む藤崎悟に向けられた。藤崎は深い皺の刻まれた顔で、窓の外の雨を見つめている。彼の沈黙は、待合室のざわめきの中でも、ひときわ重いものとして感じられた。
 「いいえ、特に激しい口論は…」森山が、途切れがちに答えた。「ただ、駅長は最近、少し神経質になっていらしたように思います。計画のことで、色々と悩んでいらしたのでしょう。」
 彼女は再び藤崎に目を向けたが、藤崎は応じることなく、ただ黙って立っていた。その無口な様子は、周囲に奇妙な静寂をもたらす。

沢村が鳴海の横で小声で尋ねた。「藤崎さんは、駅長と昔からの知り合いなんですよね?」
 鳴海は沢村に頷きかけた。
 「藤崎さん、駅長とは何かお話になりましたか?」鳴海は藤崎に直接問いかけた。
 藤崎はゆっくりと振り返った。彼の視線は鳴海と沢村、そして他の容疑者たちを順に巡り、止まることなく再び窓の外へ戻った。
 「…話すことなど、何も」藤崎の声は低く、ぶっきらぼうだった。「俺はただ、昔の駅の様子を見に来ただけだ。」
 彼の言葉は短い。それ以上、何かを語ろうとはしなかった。

篠田麗子が、ふと顔を上げた。
 「そういえば、先日、鬼塚駅長が携帯電話で誰かと激しく話しているのを聞きましたわ」彼女は静かに言った。「相手は男性のようでしたが、内容は聞き取れませんでした。ただ、かなり興奮している様子でしたね。」
 その言葉に、橘浩一が顔を上げた。彼の視線は、再び篠田に向けられた。
 「それは、いつ頃の話ですか?」沢村が尋ねた。
 「二、三日前だったかしら。この駅の事務室の前で」篠田は顎に手を当て、記憶を辿るように目を伏せた。「その声の調子からして、かなり親しい間柄か、あるいは…かなり因縁のある相手か、どちらかでしょうね。」
 篠田の言葉は、まるで周囲の反応を試すかのようだった。彼女の視線が、今度は森山恵美と藤崎悟の間をゆっくりと往復した。

森山は、その視線から逃れるように、わずかに体を硬直させた。藤崎は相変わらず腕組みをしたまま、無表情で一点を見つめている。
 「駅長は、最近誰かとトラブルを抱えていましたか?」鳴海が森山に尋ねた。
 森山は困ったように眉を下げた。
 「トラブルとまでは…でも、最近は色々な方から連絡が入っていたようです。開発計画のことで、反対意見を述べる方もいらっしゃいましたし…」彼女は言葉を選びながら、ゆっくりと話した。「ただ、駅長は、そういう方々にも真摯に対応していらしたと思います。」
 彼女の声は控えめだったが、その中に、駅長への変わらぬ敬意が滲んでいた。

鳴海は、森山の言葉と、彼女が藤崎に送った視線の意味を測りかねていた。
 「その電話の相手が誰だったか、心当たりはありますか?」鳴海は再度、篠田に問いかけた。
 篠田は首を横に振った。
 「いいえ。ただ、鬼塚駅長は、あの時、いつもとは違う声を出していました。まるで、何か秘密を隠しているかのような…」
 彼女はそこで言葉を区切った。その視線は、ふと橘浩一の方へ向かい、そこで止まった。橘は、その視線を受け止めると、小さく咳払いをした。
 「私ではありませんよ。私は取材で何度かお会いしただけです」橘は少し身を乗り出し、否定した。「それに、駅長が私に隠し事をする理由など、ありません。」
 彼の声には、焦りの色が混じっているように聞こえた。

沢村は鳴海の顔色を窺い、小さく頷いた。鳴海は、それぞれの言葉の裏に隠された感情、そして彼らの間の目に見えない繋がりを探るように、部屋の中をゆっくりと見回した。
 雷鳴が再び強く轟き、駅舎の窓ガラスが微かに震えた。
 鳴海は、全員の顔をもう一度、じっくりと見て回った。誰もが、この閉ざされた空間の中で、それぞれの思惑を抱えている。