第13節
揺らぐ証言

夏椿終着駅の待合室は、簡易的な取り調べの場と化していた。窓の外では相変わらず雨が叩きつけ、遠くで雷鳴が轟く。鳴海悠人は、向かいに座る森山恵美に静かに尋ねた。彼女は制服の襟元を正し、落ち着いた表情を保っていた。

「森山さん。昨晩、鬼塚駅長を最後に見たのはいつ頃で、どのような状況でしたか。」

沢村茜は手元のデジタルカメラを膝に置き、鳴海の隣でペンを走らせる。森山は視線をわずかに上へと向け、記憶を辿るように話し始めた。

「ええ、確か、午後九時を少し過ぎた頃でした。駅長は事務室におり、私は最終列車の発車準備のため、ホームを巡回しておりました。その際、事務室の扉が閉まっているのが見えました。いつも通り、鍵はかかっておりませんでした。閉まってはいましたが、施錠はされていなかったはずです。」

森山は言葉を選びながら、淀みなく答える。その声には、長年駅務に携わってきた者の慣れが滲んでいた。鳴海は手帳に何かを書き付け、顔を上げた。

「『施錠はされていなかったはずです』、と。森山さん。昨晩、あなたが最後にお見かけになった際も、鬼塚駅長の事務室は、*そうお見受けになりましたか*? 閉まっている、と。」

鳴海の問いは、森山が述べた『普段の習慣』から、『昨晩の事実』へと焦点を絞るものだった。森山の顔からわずかに落ち着きが消え、わずかに口元が引き締まる。彼女は視線を鳴海から沢村へと移し、再び鳴海の目に戻した。

「ええ、その… *閉まっていたと記憶しております*。」

彼女の言葉は、最初の説明よりも幾分か慎重な響きを帯びた。「はずです」という推測から、「記憶しております」という、より個人的な、そして不確かな「記憶」への言及。沢村は、そのわずかな言葉の揺らぎを逃さなかった。鳴海は何も言わず、ただ森山の顔をじっと見つめる。やがて、彼は別の質問に移った。

「承知しました。では、事務室の窓についてですが…」

森山との面談を終え、次に鳴海と沢村は、待合室の隅で所在なさげに座っていたフリーライターの橘浩一の元へ向かった。橘はくたびれたジャケットのポケットから取材ノートを取り出し、開いた。

「いやあ、まさかこんなことになるとは。駅長にはもう少し話を聞きたいことがあったんですがね。夏椿終着駅の歴史、奥深いですよ。」

橘は、事件とは直接関係のない話から入ろうとする癖がある。鳴海はそれを遮らず、彼の語りが一段落するのを待った。

「橘さん。昨晩の列車のエンジン音についてお伺いしたい。雷雨が激しく、聞き取りにくい状況だったと思いますが、何か特筆すべきことはありましたか?」

橘は一度、大きく息を吐き出した。

「ああ、あの雷と雨の轟音の中でも、エンジンの音ははっきり聞こえましたよ。普段と変わらない、力強い響きでした。私は列車の音には敏感な方でしてね。あの夜も、微かな振動まで感じ取っていましたから。」

自信に満ちた口調だった。橘は、自らの『耳の良さ』を強調するようだった。鳴海は腕を組み、僅かに首を傾げる。

「『はっきり』、ですか。雷雨が最も激しい時間帯、その音に、ほんのわずかでも… *異変を感じたりはされませんでしたか*?」

鳴海は、『はっきり』という言葉を繰り返すことで、橘の証言の確度を問い直した。橘は、質問の意図を測るように、ゆっくりと首を傾げた。その表情には、考えるような、あるいは困惑したような色が浮かぶ。彼の猫背の背中が、わずかに揺れた。

「異変、ですか。いえ、*特に変わったことは、なかったと存じます*。」

先ほどの饒舌な語り口は影を潜め、橘の言葉は幾分か慎重に、そして控えめになった。最初の「はっきり聞こえました」という断定的な表現から、「なかったと存じます」という、やや遠回しで個人的な見解を示す言葉へと変わった。沢村は、その変化をノートに走り書きする。

鳴海はそれ以上、エンジン音について追及しなかった。代わりに、話題を駅長の人間関係へと移した。橘は、再び饒舌に語り始めたが、その言葉の端々には、先ほどの微かな戸惑いの余韻が残っているようにも見えた。

面談が終わり、鳴海と沢村は、待合室の中央へと戻った。沢村はペンを止めて鳴海を見上げた。鳴海は、無言で眼鏡のブリッジを押し上げた。その仕草は、彼が何かを捉えたことを沢村に伝えていた。二人の間に言葉はなく、ただ雨音だけが響いていた。