第12節
時計と鍵穴と古社章

鳴海は、無造作に置かれた段ボール箱の中から、被害者である鬼塚駅長が駅務室で愛用していた置き時計を取り出した。ずっしりとした真鍮製のものだ。白い文字盤には、羅馬数字が刻まれている。鳴海はそれを掌に乗せ、表面の埃をそっと指先で払った。その仕草には、まるで美術品を扱うかのような繊細な注意が払われている。

茜は、デジタルカメラの液晶画面を覗き込みながら、隣に立つ鳴海を見上げた。「これ、発見された時に止まっていたんでしたよね?時刻は…」

鳴海は時計の側面を親指の腹でなぞりながら、茜の質問に答えず、じっと文字盤を見つめた。短針は十一を指し、長針はちょうど十二を少し超えた位置で固まっている。秒針はなかった。彼の視線は、一度、時計の針から文字盤の淵へと滑り、それから再び針の先端へと戻った。その動きは、何かを測り直すかのようだった。

「その時の記録写真と、駅の標準時計の時刻は確認済みです。数分、進んでいたと。誤差にしては、という話でした」茜は言葉を続けた。彼女の手元にあるカメラの画面には、確かに鬼塚駅長の倒れていた机と、その傍らにあった置き時計が写っている。撮影時刻は、事件発覚直後のものだ。

鳴海はゆっくりと首を傾げた。時計の裏側を検分する彼の指が、精密な動きでゼンマイの巻き上げ部分を探る。彼はそのまま、時計を耳元に当てた。当然、何の音も返ってこない。彼は時計を軽く傾け、文字盤のガラスに反射する光の角度を変えながら、微細な傷や汚れがないかを探った。彼の目は、一点に集中し、僅かな変化も見逃すまいとするかのように細められている。

「あの雷鳴の中では、エンジン音の異変を聞き取ったという証言も、信憑性があるように思えますが」茜は、カメラの画面から顔を上げ、少し離れた場所に立てかけてあった、現場の見取り図に目を向けた。見取り図には、駅務室の窓の位置が大きく記されている。彼女は、自分の着ているジャケットの袖口に、いつの間にか付着していた小さな埃を、指先で軽く払った。

鳴海は時計をテーブルに戻し、今度は別の透明な袋に入った証拠品に手を伸ばした。鬼塚駅長の指先から採取されたという、ごく短いナイロン製の糸くずである。彼は袋越しにそれを摘み上げ、明かりにかざした。細い糸が、微かに光を反射する。

「この糸、何か特定できましたか?」茜が尋ねた。

「まだです。しかし、非常に短い。そして、強い。一般的な衣類のものとは少し違う印象を受けます」鳴海は糸を袋の中で静かに揺らした。彼の目は、その微細な物体に吸い寄せられるかのように集中している。彼は、袋の口を少しだけ緩め、指を近づけて、その感触を確かめるかのように、袋越しの糸をそっと押した。

茜は、もう一枚の写真を鳴海の前に差し出した。駅務室の窓の鍵穴のアップだ。肉眼ではほとんど判別できないような、ごく細い引っ掻き傷が、鍵穴の周囲にわずかに確認できる。

「これが…」茜は指で画面のその部分を指した。

鳴海は何も言わず、写真に目を落とした。彼の眉間に、ごくわずかな皺が寄る。彼は、写真を手に取ると、そのままゆっくりと立ち上がった。そして、部屋の隅に置かれていた窓枠のレプリカに近づく。それは、鑑識によって作成されたもので、事件現場の窓の構造を再現したものだった。

鳴海は鍵穴の部分に、自分の指を滑らせた。本物の窓ではないが、その感触から何かを確かめようとするかのように、指先がゆっくりと動く。彼は、レプリカの鍵穴に、自分の人差し指の先を、まるで何かを試すかのように差し込んでみた。指先が、鍵穴の縁に沿ってゆっくりと動く。そして、彼は、一度、その窓枠から視線を外し、天井を見上げた。雷雨の音が、今も耳に残っているかのように、静かに目を閉じる。

「監視カメラの映像が途切れたのも、あの時でしたね」茜が再び口を開いた。「雷が落ちた瞬間と重なる、ほんの一瞬の空白。それが意図的なものなのか、偶発的なものなのか…」

鳴海は目を開け、ゆっくりと窓枠の鍵穴に視線を戻した。彼の指は、もう一度、その傷跡をなぞる。彼の顔には、何の表情も浮かんでいない。ただ、その瞳の奥に、何かを探るような光が宿っている。

茜は、自分が持っていた取材ノートをそっと閉じた。彼女は鳴海の隣に立ち、彼が何を見ているのか、じっと鍵穴のレプリカを見つめた。鳴海は、やがてレプリカから離れ、再びテーブルの上の置き時計に目を向けた。彼はその時計を手に取り、静かに振り子を揺らすような仕草をした。時計は動かない。

鳴海は、テーブルの端に置かれた別の小さな箱に目を留めた。それは鬼塚駅長の遺品として回収されたものだ。彼は蓋を開け、中から手のひらサイズの古い鉄道会社の社章を取り出した。真鍮製で、使い込まれた表面には、長年の使用によるくすみと、微かな傷が無数に刻まれている。社章の中央には、古めかしい機関車の意匠が施されていた。

鳴海は社章を指先で丁寧に撫でた。その感触を確かめるように、彼の指が何度も表面を往復する。

「あの社章、古いものだと聞きました。もう存在しない会社の、と」茜は、その社章に見入る鳴海の横顔に視線を向けた。

鳴海は社章を手のひらに乗せ、それをじっと見つめていた。彼の目は、社章の表面のわずかな凹凸や、刻まれた年月の跡を辿っている。彼は、社章を再び箱に戻すと、そっと蓋を閉めた。

彼は茜の方を向いた。

「もう一度、藤崎さんの証言を詳しく聞きたい」鳴海は言った。「列車のエンジン音の異変について。どの程度のものだったのか、もう少し具体的に。そして、篠田さんにも。駅の再開発の話と、鬼塚駅長との関係について、もう一度尋ねてみる必要がある」

茜は頷き、ノートを再び開いた。彼の言葉は、次の行動を明確に示していた。