第19節
薬剤師室の尋問

潮風診療所の二階、神崎所長の書斎を出ると、廊下は再び静寂に包まれた。重い扉が背後で音もなく閉まり、外界の音が遮断される。氷室はゆっくりと歩き出した。その足音が、古びた床板を軋ませ、橘の耳に届いた。橘もまた、それに続く。彼は肩にかけたカメラバッグのストラップを無意識に引き上げた。

廊下の窓から差し込む午後の光が、氷室の横顔に一瞬、濃い影を落とした。外はまだ嵐の余韻が残り、時折、風が窓を揺する音が聞こえる。しかし、診療所の内部には外界の喧騒が届かないほど、ひっそりとしていた。廊下の壁には、かすれた絵画が等間隔に飾られていたが、その色彩は長年の埃と湿気でくすみ、ほとんど判別できなかった。氷室はジャケットの裾を軽く整え、次の目的地へと視線を向けた。

二人は階段を下りた。一段ごとに音が響き、その響きが、この建物全体の古さと、そこに刻まれた時間の長さを物語っている。一階に降りると、待合室の椅子が規則正しく並んでいるのが見えた。普段なら患者で賑わうはずの場所は、今は誰もいない。壁に掛けられた古びたポスターが、わずかな風で微かに揺れていた。そのポスターは、数年前の健康診断の啓発を促すもので、色褪せた笑顔が虚ろに見えた。

氷室は待合室を横切り、その奥にある薬剤師室へと向かった。橘は、氷室の背中を見つめながら、その思考の先を追おうとする。薬剤師室のドアはわずかに開いており、中から薬品特有の匂いが漂ってくる。それは、消毒液の清潔な匂いと、微かに甘い薬草の香りが混じり合ったものだった。

氷室はドアをノックせず、静かに押し開けた。
東野悟が、白衣のまま、調剤台に向かって立っていた。彼は小さな薬品瓶を手に取り、ラベルを注意深く確認している。氷室たちの気配に気づくと、東野はゆっくりと振り返った。神経質そうな表情に、わずかな警戒の色が浮かんだ。彼の指先が、薬瓶の縁を軽く撫でる。

「何か、ご用でしょうか」東野の声は、薬品棚に並んだ瓶のように整然としていた。

氷室は室内に一歩足を踏み入れた。橘もそれに続く。室内の照明は蛍光灯で、白く均一な光が隅々まで届いている。壁際には棚がずらりと並び、様々な薬品が分類されて収められていた。中央の大きな調剤台の上には、秤や乳鉢、そしていくつかの空の薬袋が置かれている。薬袋の一つは、まだ開封されたばかりのように真新しい。

「東野さん、少しお話を伺ってもよろしいですか」氷室の声は穏やかだった。

東野は手に持っていた瓶をそっと台に置き、両手を白衣のポケットに差し込んだ。その動作には、わずかな硬さが感じられた。彼の視線は、氷室の顔から逸れることなく、瞬きが増えている。

「ええ、構いませんが。何か新しい情報でも?」

氷室は室内の隅に置かれた小さな丸椅子を指差した。「そこに座っていただけますか」

東野は言われた通りに椅子に腰を下ろした。その視線は、氷室の顔と、その奥に立つ橘のカメラバッグを交互に見ていた。橘はメモ帳とペンを手に、いつでも書き留められるように構えている。

「神崎所長が亡くなられた夜のことですが」氷室は切り出した。「東野さんは、その時間帯、何をされていましたか」

「私は、この薬剤師室で調剤の作業をしていました。そして、その後、仮眠室で休んでいました」東野は淀みなく答えた。

「何時頃まで、こちらにいらっしゃいましたか」

東野は、壁に掛けられた時計を一瞥した。その視線の動きは素早かった。
「九時半頃まで、この部屋で作業をしていたと記憶しています。その後、仮眠室へ。嵐の音でよく眠れませんでしたが、朝までそこにいました」

「仮眠室は、所長室からは離れていますね」橘が口を挟んだ。

「ええ、一階の奥です。所長室は二階ですから、音はほとんど聞こえません」東野は答えた。彼の指先が、膝の上でかすかに動いている。

氷室は調剤台の上にあった空の薬袋を手に取った。それは、ごく一般的な処方箋薬の袋だった。指先でその素材を確かめるように、ゆっくりと撫でた。袋には、診療所のロゴと、一般的な注意書きが印刷されているだけだった。

「あの夜、何か変わったことはありませんでしたか。例えば、普段と違う音や、誰かの出入りなど」

東野は首をゆっくりと横に振った。「いいえ。嵐の音がひどくて、他の音はほとんど聞こえませんでした。ただ、一度、停電がありましたね。ほんの一瞬でしたが」

「停電ですか」橘がメモ帳に書き留めた。

「ええ、九時過ぎだったでしょうか。ほんの数秒で復旧しましたが、一瞬、真っ暗になりました。その時、私はちょうど調剤台の前にいました」東野は、天井を見上げた。

氷室は空の薬袋を元の場所に戻した。その視線は、薬剤師室の奥、薬品棚のさらに奥にある小さな扉に向けられた。それは、倉庫か何かにつながる扉に見えた。扉の表面は古びていた。埃が積もり、あまり使われていない様子だった。

「この奥は?」氷室は尋ねた。

東野は扉を一瞥した。「はい、医療品倉庫です。普段はあまり使いません。重い荷物を運ぶ時くらいでしょうか」

「鍵はかかっていますか」

「いえ、施錠はしていません。誰でも入れます」

氷室は何も言わず、その扉に近づいた。扉の取っ手に手をかけ、ゆっくりと開いた。中は薄暗く、消毒液と埃の匂いが混じった空気が流れ出した。蛍光灯の光が届かず、奥は闇に沈んでいる。棚には医療器具や備品が雑然と置かれているのが見えた。使い古された段ボール箱が積み上げられ、その影が壁に長く伸びていた。

「ありがとうございました、東野さん」氷室は振り返らずに言った。「また、後ほどお話を伺うかもしれません」

東野はただ、小さく頷いた。その表情は、依然として硬いままだった。彼は、氷室が倉庫の奥へと足を踏み入れるのを、じっと見つめていた。
氷室は倉庫の中へ一歩足を踏み入れた。橘もそれに続き、メモ帳を握りしめながら、暗がりの奥を覗き込んだ。足元に散らばる小さなゴミが、彼らの靴に触れて音を立てた。