第17節
書斎の秩序

書斎の暖炉は冷え切っていた。焦げ付いた薪が数本、無造作に残されている。そのうちの一本を、氷室は指先で軽く触れた。他の薪に比べて、その燃え残りは不自然なほど短かった。

橘がメモ帳を取り出し、氷室の横に並んだ。
「この薪、妙に短いですね」橘が言った。彼の視線は、氷室の指先が触れる燃え残りへ注がれていた。「燃え尽きるのが早すぎたのか、それとも最初から…」

氷室は何も答えず、薪を拾い上げた。ずっしりとした手触り。しかし、その長さは明らかに、暖炉に一般的なサイズではなかった。彼は薪を元の場所に戻すと、顔を上げた。その視線は、部屋の中央に立つ橘を捉えた。

「この部屋には、他にも時間を誤認させるものが一つありましたね」

橘ははっとした顔で、懐中時計を思い出した。
「ええ、神崎所長の懐中時計。数分進んでいました」

氷室は再び暖炉に目をやった。彼の視線は、燃え残った薪から、その奥の煤けた壁へと移り、それからゆっくりと部屋全体を巡った。
「時間を操作する意図…」橘が口にした。

氷室は、その言葉を遮るように首を軽く振った。
「それだけでは、まだ繋がりません」

彼は暖炉から離れ、被害者のデスクへと向かった。整然と片付けられたデスクの上には、数枚の書類が重ねられていた。古い土地開発計画に関するものだった。橘はその書類を覗き込んだ。

「これは以前、神崎所長が関わっていたという…」橘がメモを取りながら言った。

氷室は書類に目を通しながら、眉間にわずかに皺を寄せた。彼は書類を元の場所に戻すと、デスクの引き出しを一つずつ、丁寧に開けては閉めていった。中身はきちんと整理されており、特に目を引くようなものは見当たらない。

「何か、手がかりが?」橘が尋ねた。

氷室は軽く息を吐き、首を横に振った。
「この部屋の全てのものが、ある種の秩序を保っている。まるで、何事もなかったかのように」

彼は窓辺に歩み寄り、その木枠に目をやった。春の嵐が叩きつけた雨水が、まだ木目に染み込んでいる。窓は内側から固く施錠されていた。

橘も窓に近づき、外の荒れた海を見た。ごうごうと音を立てる風が、窓ガラスを揺らしている。
「密室…」橘が呟いた。

氷室は窓枠の隅を指でなぞった。微かに、何かを剥がしたような、ごくわずかな跡が残っている。それは注意深く見なければ見過ごしてしまうような痕跡だった。

「これについては、すでに鑑識が調べているはずです」

氷室はそう言って、特に深追いする様子もなく、窓から顔を背けた。彼の視線は部屋の隅にある本棚へ向かい、背表紙を一つずつ追っていく。

橘は、氷室が窓枠の跡からすぐに意識を逸らしたことに、一瞬だけ目を瞠った。しかし、すぐに彼も氷室の後に続き、本棚のタイトルを追った。

「何か意味のある本でも?」橘が尋ねた。

「神崎所長の趣味でしょうか。医学書ばかりではないようです」

氷室はそう言いながら、特定の棚から一冊の本を引き抜いた。それは、この島の歴史に関する郷土史だった。彼はそのページをパラパラと繰り、数カ所で指を止め、活字を追った。

「南原さんの話では、所長は島の歴史にも詳しかったとか」橘がメモに書き込みながら言った。

氷室は本を閉じ、元の場所に戻した。
「この部屋は、神崎隆という人物の内面を映し出している。そして、その『内面』の中に、何かが隠されている」

彼はそう言って、部屋の中央で立ち止まった。氷室の目は、まるで何も見えていないかのように、しかし同時に全てを見通しているかのように、静かに部屋の空間を捉えていた。

橘は、彼の言葉の真意を測りかねた。

外では、依然として嵐の音がごうごうと響き、潮風診療所全体を揺らしていた。雨は小康状態に入ったものの、風の勢いは衰えを知らなかった。