重厚なマホガニーの扉が、深町の後ろで静かに閉まる。船長室の空気は、外の嵐の喧騒とは隔絶され、奇妙な静寂に包まれていた。白神は入口で立ち止まり、まず部屋全体を見渡した。彼の知的な眼鏡の奥の瞳が、暖炉の前の床に横たわる海堂船長の遺体、そしてその周囲の散乱した家具へと順に焦点を合わせていく。
「深町さん、カメラを構えてください。何も触れる前に、まず現状を記録しましょう」
白神の声は、この状況にあってなお、いつもと変わらぬ穏やかさだった。深町は無言で頷き、首から提げたカメラを構える。シャッター音が、静寂を断続的に破る。
白神は、ポケットから白い手袋を取り出し、ゆっくりと両手に嵌めた。彼の指先が、わずかな皺も残さぬよう丁寧に生地を伸ばす。その動きには一切の無駄がない。
「まずは、被害者から」
白神はそう言い、海堂船長の遺体へと歩み寄った。彼の落ち着いた色合いのスーツの裾が、床の絨毯と擦れる音さえ立てない。被害者の頭部には、アンティークの真鍮製六分儀が転がっていた。鈍く光る金属の表面には、血痕がこびりついている。白神は六分儀に視線を固定し、一度、大きく息を吸い込んだ。そして、ゆっくりと吐き出す。彼の視線は六分儀から床へと移り、散らばったガラスの破片に留まった。それらは、六分儀のレンズが割れたものとは異なる、さらに細かな粉末状のガラス片が混じっている。
白神は片膝をつき、腰をかがめた。彼のスーツの膝が床に触れる寸前で止まる。手袋を嵌めた指先が、その細かなガラスの粉末の数ミリ上をなぞった。彼の呼吸が、意識的に制御されているのが深町にも伝わる。息を詰めるようにして、彼はその粉末を凝視した。
次に、白神の視線は被害者の左手に向けられた。制服の袖口から覗くその手は、何かを強く握りしめていたかのように固く握られていた。白神は、その手を開かせることはせず、代わりに被害者の胸元に目をやった。白い制服のポケットから、銀色の鎖がわずかに覗いている。
白神は、その鎖をそっと指で引き出した。鎖の先には、懐中時計がぶら下がっていた。彼は時計を手のひらに乗せ、親指で蓋を開ける。時計の針は、実際の時刻よりも十五分進んだ位置を示していた。白神は、その文字盤をしばらく見つめていたが、何も言わず、再び蓋を閉じて、そっとポケットに戻した。彼のスーツの袖が、その際、わずかに被害者の制服の生地に触れそうになったが、寸前で動きを止め、接触を避けた。
「深町さん、窓を」
白神は立ち上がり、深町に指示した。深町はレンズを向ける。船長室の窓は、二重構造の重厚なものだった。内側の窓は、頑丈な閂でしっかりと施錠されている。白神は窓辺に移動し、厚手のカーテンをゆっくりと開いた。彼の指先が、窓枠の木部に触れる。滑らかな木肌に、微かな油の染みと、一本の細い擦り傷があるのを彼は見つけた。指の腹でその傷をなぞる。彼の息が、また小さく吸い込まれるのが分かった。
「暖炉の灰も、見ておきましょう」
白神は、暖炉の前に移動した。黒く煤けた暖炉の内部を、手袋の指先でそっと探る。灰の山を掻き分ける彼の動きは、考古学者が貴重な遺物を発掘するかのようだった。やがて、彼の指先が、何か硬いものに触れた。彼はそれを慎重に拾い上げた。それは、熱によって不自然に変形し、溶けかかった金属片だった。何の金属かは判別しにくい。白神は、その金属片をしばらく手のひらの上で転がし、それから小さな証拠品袋へと入れた。
「ゴミ箱は?」
深町が尋ねた。白神は振り返り、部屋の隅にある木製のゴミ箱に目を向けた。彼はゴミ箱に近づき、中を覗き込む。使い捨てカイロの燃えカスが、他の紙くずの中に混じって見えた。白神は、そのカイロの残骸も、手袋越しに摘み上げ、別の証拠品袋に収めた。彼の動きは、あくまで冷静で、一つ一つの動作に確固たる目的が宿っている。