白神は、テーブルの上に広げられた写真と、いくつかの小さな証拠品に視線を落としていた。船内の一室を借りて設えられた臨時の捜査本部には、嵐の揺れが今も微かに伝わってくる。深町は、その様子を傍らで静かに見守っていた。
白神の指先が、小さなガラス片を挟んだピンセットを慎重に動かす。それは船長室の床から採取されたもので、彼が目を凝らすと、その破片の断面が、ごくわずかに異なる光沢を放っているのが分かった。彼は、そのピンセットを一旦皿に置き、すぐ隣に置かれた別の小さな袋に目を移す。そこには、床の隅から集められたと思われる、微細なガラスの粉末が入っていた。彼の視線は、写真に写る窓枠へと滑る。そこには確かに、細い擦り傷と、油染みのような痕跡が写っていた。
「船長室の窓枠に残されていた、この傷ですが」深町が声を潜めて言った。「かなり細いですね。何かの器具が擦れた跡でしょうか」
白神は返事をせず、手元の証拠品に再び視線を戻した。指先で、丁寧に磨かれた懐中時計の写真をなぞる。時刻は正確に午前二時四十五分を指していた。実際の発見時刻から逆算すると、船内時計より十五分早く進んでいる。彼はその写真から目を離し、傍らに置かれた自身の腕時計に目をやった。文字盤の上を秒針が規則的に刻んでいる。その動きを追うように、彼の視線がゆっくりとテーブル上の資料全体を巡った。
報告書の一頁に、船長室のゴミ箱から発見されたという使い捨てカイロの燃えカスと、暖炉の灰の中から見つかったという不自然に溶けた金属片の写真が並んで掲載されている。白神は、その金属片の拡大写真に特に注意を払った。熱によって原型を留めないほどに歪んだそれは、元々何であったのか判別しがたい。しかし、その周囲の灰には、焦げ付きとは異なる、何かを包み込んだような跡が残っていた。
白神は、自身の落ち着いた色合いのスーツの袖口を軽く払い、埃を払う仕草を見せた。それは思考に没頭した時の彼の癖だった。再び、窓枠の擦り傷と油染みの写真に視線を固定する。彼は、その写真と、懐中時計の報告書、そしてガラス片の資料を交互に見比べた。
深町は、白神が指し示すでもなく、ただ見つめているだけの資料を追いながら、手元のメモ帳にいくつかの単語を書き留めた。「船長が身につけていたものは、他に何かありましたか?」
白神は、深町の問いに、ようやく顔を上げた。「眼鏡は、遺体の傍らに落ちていた。破損はない。それから、左腕に古い傷跡があったそうだ」
深町は、その言葉を書き留めながら、少し首を傾げた。「古い傷跡、ですか。何か事件に関係するものでしょうか?」
「報告書には、十五年前の海難事故で負ったものだと記されている」白神はそう言って、再び資料の山へと視線を落とした。彼の目は、まるで隠された繋がりを探るかのように、一つ一つの証拠を丹念に追っている。
彼は、机の端に置かれた、一回り大きな船内の見取り図へと手を伸ばした。船長室の位置を指で確認し、そこから通路、そして他の部屋へと指を滑らせる。その動きは、まるで船内を実際に歩いているかのようだった。
「篠崎医師の証言では、船長は事件の前日、鎮静剤を服用していたとのことでした」深町は、さらに別の報告書を指差した。「かなり多量のようです」
白神は、その報告書を軽く叩いた。「それから、青葉バーテンダーのアリバイ。事件推定時刻には、船内の別のバーにいたと」
「ええ、複数の客が彼を目撃しています」深町は頷いた。「監視カメラの映像も、それを裏付けています。しかし、その映像が一部不鮮明だったと…」
白神は、監視カメラの報告書に目を向けた。事件推定時刻の数分間だけ、映像が乱れたという記述。それは、嵐による揺れや停電とは異なる、不自然な乱れだったと、技術担当者は述べていた。彼の指が、その部分を軽く叩く。まるで、その不鮮明な映像の奥に、何かを見つけ出そうとしているかのようだった。
そして、彼はゆっくりと顔を上げ、深町の目を見つめた。その視線は、問いかけるような鋭さを持っていた。「君は、この船内で、普段から使われている油で、これほど透明度の高いものがあると思うか?」
深町は、窓枠の油染みの写真を改めて見て、首を振った。「一般的な機械油や潤滑油は、もっと色が濃いか、べたつきが強い気がします。これは、サラッとした感じに見えますね」
白神は何も言わず、ただ写真と深町の顔を交互に見た。彼の指が、再び懐中時計の写真に戻る。まるで、その文字盤の針が示す時間の中に、隠された意味が潜んでいるとでも言うかのように、じっと見つめていた。彼は、そう呟く代わりに、ただ懐中時計の写真をテーブルの上に滑らせた。それは、次の調査の方向性を示す、無言の指示だった。