深町薫は、船長室の中央で横たわる海堂厳の遺体から目を離し、周囲の光景を改めて見渡した。重厚な木製家具が並び、壁には古い海図が飾られている。嵐による揺れは依然として続いていたが、船内は静寂に包まれ、波の音だけが遠くで響いていた。
白神悠は、すでに部屋の隅々まで視線を巡らせていた。彼の知的な眼鏡の奥の瞳は、まるで精密機械のように、一点一点を捉えていく。深町は、彼の手帳とペンが常に手元にあるのを知っていた。
深町は、絨毯の上に転がる真鍮製の六分儀に視線を落とした。それが海堂船長の命を奪った凶器だと、篠崎船医は告げていた。鈍い光沢を放つその表面には、血痕がこびりついている。深町はカメラを構えようと、首から下げたストラップに手をかけた。その瞬間、彼の視線は、六分儀の湾曲した真鍮部分の一点に吸い寄せられた。
そこだけが、不自然なほどに磨き上げられているように見えたのだ。他の部分には細かな傷や経年によるくすみが確認できるのに、その一点だけは、まるでつい先ほど誰かの手で丹念に拭われたかのように、鋭い光を反射していた。深町の指先が、カメラのシャッターボタンの上でぴたりと止まった。彼はごくりと唾を飲み込み、息を詰めた。
白神は、その間も、暖炉のそばに膝をつき、灰の中を小さなピンセットで丁寧に調べていた。深町が六分儀に固執する様子には気づいているのかいないのか、彼の動きは淀みない。
「深町さん」
白神の声が、静かな部屋に響いた。深町ははっと我に返り、六分儀から目を離した。
「はい」
「床に散らばったガラス片について、何か気づきましたか」
深町は改めて足元を見た。海堂船長の頭部から流れた血溜まりのそばに、大小さまざまなガラスの破片が散らばっている。それらは、近くの棚から落ちた花瓶のものだろうか。
「ええ、花瓶が割れたものかと……」
白神は立ち上がり、深町の足元に目を向けた。
「しかし、よく見てください。この破片とは別に、ごく微細なガラスの粉末が、血溜まりの縁にわずかに付着しているのが見えますか」
白神は、手帳から取り出した小さなルーペを深町に差し出した。深町はそれを受け取り、屈んで指示された場所を凝視した。確かに、肉眼ではほとんど見分けがつかないほどの、きらめく微粒子がそこにあった。花瓶の破片とは明らかに異なる、不揃いな形状だ。
「これは……」深町は声を潜めた。「別のガラス、ですか?」
白神は何も言わず、ただ窓の方へ向き直った。窓は二重構造になっており、内側から厳重に施錠されている。嵐のせいで窓ガラスは水滴に覆われ、外の荒れた海はぼんやりとしか見えない。
白神は窓枠に触れ、指先で何かをなぞった。そして、その指先をじっと見つめ、ゆっくりと匂いを嗅いだ。深町には、彼が何を見つけ、何を嗅いでいるのか、皆目見当がつかなかった。
「この部屋の窓は、内側から施錠されていましたね」白神は独り言のように呟いた。「そして、この船は嵐の中を航行中。外部からの侵入は、まず不可能でしょう」
深町は頷いた。それが密室の条件であることは、彼にも理解できた。
白神はさらに窓枠を調べた。彼の指先が、窓枠の隅を何度か往復する。そして、そこに微かな油の染みと、細い擦り傷があることを深町は見た。白神は何も言わず、ただその部分を数秒間見つめた後、窓から離れた。
次に、白神は海堂船長の懐中時計を手に取った。それは、床に落ちたままになっていた。彼はダイヤルを凝視し、自分の腕時計と見比べた。
「この時計は、実際の時刻より十五分進んでいます」白神は淡々と告げた。「どうしてでしょうね」
深町は首を傾げた。犯人が時間をずらしたのか? だとすれば、何のために?
白神は懐中時計を元の場所に戻し、部屋の隅にあるゴミ箱に目をやった。彼はゴミ箱の中身を注意深く検分し始めた。使い捨てカイロの燃えカスが、他のゴミに混じって見えた。
「カイロ、ですか」深町が尋ねた。
白神は返事をせず、カイロの燃えカスをピンセットで掴み上げ、小さな透明な袋に入れた。その手つきは、まるで貴重な宝石を扱うかのようだった。
「船長室でカイロを?」深町は訝しげに呟いた。「暖房は効いているはずなのに」
白神は深町の言葉に反応することなく、ゴミ箱から顔を上げ、再び暖炉の方へ向かった。先ほど調べていた灰の中へ、再びピンセットを差し入れた。
そして、彼は小さな金属片を拾い上げた。それは熱で一部が溶けて変形しており、本来の形を留めていなかった。白神はそれを透明な袋に入れ、手帳に何かを書き記した。
深町は、白神の行動の一つ一つを追いながら、頭の中で情報を整理しようと試みた。ガラス片、懐中時計、窓枠の油と傷、カイロの燃えカス、そして溶けた金属片。これらが一体、何を示しているのか。六分儀の不自然な光沢は、彼の中で依然として引っかかり続けていた。
白神は立ち上がり、部屋全体をゆっくりと見回した。その視線は、まるで部屋の空気そのものを読み解こうとしているかのようだった。彼は何も語らず、ただ静かに、次の行動に移る準備をしているように見えた。